死刑執行されたが冤罪だった話:飯塚事件

どうもりかちゅうです。皆さん冤罪とは何かはご存知ですよね?無罪なのにもかかわらず有罪とみなされちゃうことだよね?そうです。その通りです。このように冤罪って自分が被害にあっていなかったら冷静に判断できるでしょう。ですが、実際に被害に遭ったら冷静にはなれないと思います。なぜ自分は悪くないのに有罪と言われないといけないのかと。それはそうだけどなんでこのようなことを言っていのって?それは日本で冤罪だったのに死刑判決をされ、死刑執行された「飯塚事件」という事件があるからです。要は無罪の人が死刑という形でいなくなったことです。

ということでこの記事では冤罪の重さを知るということで飯塚事件について話したいと思います!

飯塚事件とは?

まず飯塚事件ってどんな事件なのか分からない人もいますよね?ということでまずは飯塚事件の概要について話しますね。

飯塚事件とは、1992年に福岡県飯塚市で起きた事件です。事件内容は小学校に通う女の子2人が殺害されたという事件です。逮捕された近隣住民の久間三千年(くまみちとし)は冤罪を訴えました。しかし、裁判では死刑判決をされ、死刑執行となってしまいました。久間三千年の死刑執行後は奥さんはDNA鑑定方法が改ざんされていると訴えていますが再審は否決されてしまいました。現在は現在は特別抗告を行っているところです。

飯塚事件の流れ

飯塚事件の概要は分かったと思うので詳細でもある飯塚事件の詳細について話したいと思います。

被害者の状況

先ほど飯塚事件の被害者は小学校の女の子2人という話をしましたがどういった経緯で命を失ってしまったのかについて話しますね1992年2月10日の朝に彼女達は登校をするために家を出ました。ただそれから家には帰ってこないまま行方不明という状況に。親は心配ですよね?一体どこに行ったのかと。それで、行方が分かったのは11日午前0時10分頃でした。発見したのはこの付近を偶然車で通りかかった団体職員でした。見つけた場所は彼女達の家から20kmほど離れた雑木林です。職員さんは崖下に遺体らしきものを発見したから警察に通報したらなんと行方不明になっていた彼女達でした。

捜査と判決

警察の捜査としては女の子達の衣服に付着して繊維を元として1994年9月23日に久間三千年を死体遺棄容疑として逮捕しました。そして、10月15日には殺人等の容疑で逮捕しました。ではなぜ久間三千年を逮捕したのかが気になりところですよね?2年近くの捜査までして。どうやら事件が起こった時からマークしていたそうです。それで、1992年2月25日に事情聴取を行い、3月20日には重要参考人として任意同行を求め捜査をしていました。その際、髪と指紋の提出とDNA鑑定やかポリグラフ検査を実施していましたが決定的証拠ではありませんでした。

ですが、逮捕されるようなきっかけが発覚してしまいました。それは久間三千年の車に使われている繊維が彼女達のものと一致していたことです。また、目撃証言や後部座席に被害者の血痕などが発見されたことや久間三千年の奥さんの供述が曖昧な所がいくつもあることで久間三千年ではないのかというフラグが高くなりました。そしてさらに、彼女達の血痕をDNA鑑定したところ合致し逮捕されてしまいました。ただこのこのDNA鑑定が冤罪のキーポイントでもあるのです。

無罪主張と死刑執行

飯塚事件が起きた時、警察はマスコミに対してこのような発言をしていました。「100%犯人ではない」「白黒必ずつける」と。このような姿勢は逮捕後も一切ブレませんでした。ただ、久間三千年は逮捕されたとしても冤罪を主張し続けていました。そして、死刑が確定されたときも再審請求をしていました。

「飯塚事件」の裁判は第一審が福岡地裁、第二審が福岡高等裁判所で行われました。久間三千年は無罪であることを裁判中は主張し続けるものの、死刑判決でした。そして、最高裁では上告棄却されてしまいました。これではもう死刑判決確定ですね。

2006年9月8日に上告が棄却された久間三千年はそれでも諦めきれずに冤罪を訴え続け、再審の準備していました。しかし、2008年10月28日に死刑が執行されました。普通なら死刑判決が確定して執行するまで7~8年かかるそうなんです。しかし、飯塚事件はなぜか2年後で執行されました。新聞社や死刑廃止団体からは「異例の早さである」と批判はされました。それで、久間三千年の奥さんは2009年10月28日、福岡地裁に再審請求しました。

麻生内閣の急かしと改ざんされた鑑定

先ほども言ったように死刑執行から僅か2年という早さでもあり、久間三千年死刑確定後も無罪を訴え続けていたのにもかかわらず死刑執行されていました。ではなぜみんなから批判があったのに死刑執行してしまったのか?それはあの時代に「足利事件」をはじめ冤罪事件が取りざたされていた時期でした。冤罪だと発覚する件数が多いということは国のステータスは落ちます。捜査間違えてるなんてふざけるなと。ずさんなんではないかと。これは国としては恥のうちです。それ故に麻生内閣が死刑執行を急いで飯塚事件の犯人は久間三千年を犯人ということにしたかったと推測できると言われています。

ただこの文面では憶測でしかないかと思われますよね。他にも根拠はあります。先程DNA鑑定がキーポイントであると私は言いましたよね?それには理由があります。それはDNA鑑定結果を撮影した結果は真犯人と思われる第三者のものが写っていめした。しかし、その結果を切り取って捏造していたと弁護士は主張したそうです。これに対して検察側は捏造はしてないとは言ったが疑惑は払拭されませんでした。

人の命を粗末にするな

以上が飯塚事件の流れと判決結果です。私自身この当時の事件に関しては生まれてはいません。ただこの事件を調べていた時人の命を粗末にするでないという気持ちになりました。私は警察でもないですし、捜査の苦労やステータスなどの追い込まれなどは経験してはいません。ですが、改ざんするという疑いがあるのにもかかわらず人の命を奪うというのは言葉が出ない現実です。しかも死刑という形で命が消えるなんて理不尽です。それを含めて冤罪というものに関しては考えて欲しいです。

実際に飯塚事件とは関係ない事件でも冤罪故に死刑になっていなくなっているという事例もあるそうです。そういうことを考えると無罪な人間が犠牲になっているということですね。

まとめ

この記事を書いた理由はテセウスの船がきっかけです。このドラマを見たとき冤罪で終わる人生もあるんではないと感じたことがきっかけに。たしかに、冤罪が起こってしまう理由は色々あるかと思います。詳しくはこちらを見てください。

深刻過ぎる!冤罪が起こる理由

ただ何度も言えるのが冤罪のままになってしまうということは人の命を奪われてしまうとことは理不尽でも程があります。調べれば調べるほどその気持ちは強くなるものです。警察の大変さは分かっているもの、きちんと捜査しないといけないだろうと思います。そうでない限りは犠牲者は増えてしまいます。以上がまとめです。最後まで読んでいただきありがとうございました。

りかちゅう