条約で終わった?日露戦争とはどんな戦争だったか?

どうも、りかちゅうです!日本史で日露戦争という戦争を学習したとは思います。とは言っても内容なんて忘れている人はいるのかもしれませんwwwww。私自身、明治時代はそこまで強くないのでうる覚えでしかないです。ですが、なんか、色々複雑だった気がします。三国干渉、日英同盟などいろんな国が絡んでいましたからね。もっと簡潔にしろよとは思いますけどね。また、日露戦争には色々裏があります。どういうことかと言いますと安定の裏組織が絡んでいる感じですね。ですので、この記事にて日露戦争とはどのようなものかについて話しますね!

日露戦争とは?

まず、日露戦争は有名ではありますがどんな戦争だったか簡単に話しますね。

日露戦争とは、朝鮮・満州の支配権をめぐった戦争です。まあ、日本とロシアの間でおこなわれた帝国主義的戦争だと思ってください。経緯としては1904年に日本の旅順攻撃で開始し、翌年に日本は奉天を占領、日本海海戦では順調ではありました。とは言えども、ロシア側もすぐに降参ってわけでもなかったです。そこで、1905年9月にアメリカのポーツマスで講和条約が結ばれ、日本の勝利となりました。その結果、日本は韓国の保護権が承認されました。また、ロシアの領土でもあは南樺太、南満州鉄道の利権、旅順・大連の租借権を得ることになりました。

日露戦争が起こった理由

以上が日露戦争の概要です。では、なんで日露戦争が起きたのか?

1895年4月に下関条約が結ばれました。日清戦争による条約ですね。それで、その内容の中に遼東半島を日本に割譲するというものがありました。ただ、遼東半島は南下政策をとるロシアに対しては不都合でした。そして、三国干渉という形で同半島の返還を日本に要求してきました。もちろん、日本は応じるしかなかったです。

その後日本は、朝鮮半島問題についての譲歩を期待していました。しかし、清で起きた「義和団事件」の混乱を鎮圧するためにロシアが軍隊を派遣したことでロシアは満州を占領する事態になりました。これは日本には不都合です。そこで、日英同盟を結び、開戦となりました。

日露戦争の経緯

以上が日露戦争の概要です。では、日露戦争はどのような流れで行われてたか?

1.三国干渉

ロシアは満州を占拠した後は朝鮮半島に進出することもねらっていました。それ故に、先ほども述べたように日本への「遼東半島割譲」に激しく反発していました。そこで、ドイツ、フランスとともに武力を背景に遼東半島を清に返すよう強く要求してきました。いわゆる三国干渉って奴ですね。もちろん、日本は軍事力ではとうてい3国に対抗できなかったです。それ故にそれ故に、要求に応じてしかたなく遼東半島を清に返しました。

ただ、それだけでひ弱にはなりませんでした。日本はこれを教訓として「臥薪嘗胆」を合い言葉に国力の増進、軍事の増強に努めました。その際に裏組織の誰かは絡んでいたでしょうね?日本は明治維新を機に乗っ取られていますし。一方、ロシアは遼東半島に強固な要塞と軍港を作って陸軍と艦隊を配備することで朝鮮及び日本に対し軍事的な圧力をかけてきました。

2.日英同盟

イギリスはロシアの満州占拠及び朝鮮半島への進出をよく思っていませんでした。一方、日本はロシアの脅威に対抗するため、イギリスと同盟を結ぶべきか、あるいはロシアと協定を結ぶべきかで意見が分かれました。最終的に政府は日本の独立を保ち国益を守るためにはイギリスと同盟を結ぶ方がよいと判断し1902年日英同盟を結びました。

3.日露戦争開戦!

日英同盟は結んだものの、日本はロシアと交渉しました。ですが、現実はそう上手くはいきません。それ故に1904年2月、日本政府は遂にロシアとの戦争することにしました。とは言えども日本政府は勝てる見込みなんてそうないと思っていました。軍事力だってロシアの方が上でしたからね。また、日本にはお金もなかったです。イギリスからイギリスからお金を借りようとしたもののイギリスの資本家たちは日本がロシアに勝てるわけがない。負ける国に金は貸せないよと言われちゃいました。ただ、満州軍をなんとかすれば日本は勝利する感じでした。

4.バルチック艦隊とポーツマス条約

色々あったものの,日本にとって大きな転機になったのは鴨緑江での戦いです。この戦いの勝利したことでイギリス国内での日本の評価が大きく変わります。また、高橋是清の交渉によりイギリスからお金を借りることができました。まあ、借金なので負債は戦後にありますけどね。だからって、その後はボロ負けしてジリ貧状態です。ですが、ロシアもロシア革命があり色々あったのもあってバルチック艦隊で日本は奇跡的に勝ちました。そして、ポーツマス条約をすることで戦争は終わりました。やはり、バルチック艦隊の影響はデカいですね。ちなみに、日本側は東郷平八郎が指揮していました。

日露戦争がもたらした影響

大国ロシアとの戦争に勝利したことで当時の日本の歴史はもちろん、世界の歴史にも大きな影響をもたらしました。まず、日本が世界の列強と肩を並べることができるようになりました。アジアの国が西洋の列強のひとつに戦争で勝利したことで民族意識を高めました。また、その後日本は韓国併合をするなど色々進出するようになりました!

日露戦争の裏話

これはあくまで表向きの話です。実は日露戦争には裏があるんです。ですので、その話をしますね。

1.日清戦争の流れ

まず日清戦争から振り返りますね。日清戦争は日本から仕掛けるように持っていきました。なぜなら、裏組織は日本に対して屈辱的な考えを持っていたからです(うらそしきからしたら日本を植民地にしたかったのにできなかったため)。それで、やり方としては日本に清が朝鮮半島を占領してると言いふらしました。それを聞いた日本は清にやめろと抗議しました。それ故に清のターゲットは日本になりました。その際に裏組織は清が勝てると思っていました。ですが、日本は勝っちゃいました。

それ故に朝鮮半島を独立させることができました。え?教科書には日本は朝鮮半島を植民地化したと書いてあるよって?あれはすり替えです。本当は肩を貸してあげた感じです。

2.手を挙げたロシア

これでは、裏組織の計画通りにはなりませんでした。そこで、裏組織はどうしようか相談したところロシアが日本をなんとかすると言いました。そこで、ロシアは朝鮮半島にちょっかいをかけたことでロシアと戦うことになりました。でも、日本は短期戦には強くても長期戦には弱いです。そこで、事実上勝ったとかは言っていますが本来ならば対戦で引き分けです。そうすることでロシアのメンツを立てました。なんか、色々印象操作していますね。

まとめ

戦争はいつのまにか起こるものではないです。意図的に起こされるものです。特に近代の戦争なんてそんなものだと思ってください。また、日本は勝ったとか言っていますがギリギリな感じで勝った感じです。また、印象操作も色々あります。そう考えると安定なことではありますが歴史って時の権力者が都合のいいように編纂しているのは間違いないですね。まあ、私自身明治時代がどう印象操作されているかはまだ詳しくわからないです。ですので、今後とも色々調べて行きたいなとは思っています。以上です!最後まで読んでいただきありがとうございました。

りかちゅう