日本の協調性が異常すぎる!:理由と影響

どうも、りかちゅうです。日本に住んでいてよく協調性なんて言葉は聞きません?協調性を持って行動しろなり、相手に合わせろ。他にも多くの人が賛成しているから自分の意志に反していても多くの人が賛成しているものに同意するなど。おそらく、そんな経験したことがあるなぁと思って人は1人くらいはいるでしょう。ですが、日本で言われる協調性って度が過ぎている一面もあり本来の協調性と履き違えている点も多々あります。ではなぜ日本は度が過ぎた協調性というものがあるのか?この記事にて話したいと思います!

協調性の本来の意味と日本での協調性

先ほども言ったように日本の協調性は本来の意味とずれている点があります。ですので、まずは協調性の本来の意味と日本での協調性は何が違うのかについて話したいと思います!

本来の意味

協調性の本来の意味とは人によって考え方が違うことをも理解し、自分の意見が正しいと決めつけることはせず、他の意見もくみ取って共有することです。世の中色んな人がいるからこそ性格も違いますし意見も違います。100%同じ人なんていません。それだからこそ、個々の考えというものは認め合って共有しあうのが必要です。

日本での協調性

これが本来の協調性です。では日本での協調性とはどうなってるのか?日本人の言う協調性とは多くの人がイエスと言えばイエスと言うような空気を読んで人やルールなどに合わせてみんなと同じ行動を取るということです。それもあって人と違う発言をしたら良くないみたいな考えがあります。おそらく、本当は思っていることはあるけど言えなかったみたいなことを経験したことはあることでしょう。私もそういう経験あります。その要因は日本の協調性の影響があります。

日本が協調性というものを謳われる理由

どう考えても日本の協調性に関しては異常ですし本来の意味とはずれている点はありますよね?ではなぜここまでずれているのか?またはここまでして協調性というものを日本が謳っているのか?

その答えはお米にあります!日本って長年稲作をやってる民族なんですよ。時代的には弥生時代からですね!どういうことかと言うと稲作はチームワークで行うものだからです。水田に水を作るために用水路を作ってからは水源を他の農家とシェアしないといけません。そうなると集団で作るということからルールは守らないといけません。

それはルールを守らない人がいたら即座にはみ出しものや自己中にみなすようになるということにもなります。個人主義の人がたくさんいたら組織が崩壊しますし。それ故にお互い監視してルールを徹底させるという社会性が身につきました。実際に詳しいことは長くなるから割愛はしますが作物によって性格に変化があるというような説はあることにはあります。それくらい稲作文化というのは日本にとって相当の影響を与えたということにもなりますね。

日本の協調性によっての悪影響

日本の協調性がなぜあるのかについては分かったかと思います。実はその協調性に関しては世間的にも悪影響を与えています。

1.同調圧力

同調圧力というのはみんなと同じではないといけないという度合いが強すぎるということです。例えば会社で言うなら社長は偉い立場であるから皆して従おう。反論はするなみたいなノリですね。ワンマン企業という名のブラック企業に勤めたことのある人でしたらこのような経験をしたことはあるでしょう。おそらく、このような状況にいると少しでも異論を言ってしまったら周りに嫌われてしまうみたいな考えを持ってしまうこと間違いありません。

2.出る杭は打たれる

出る杭は打たれるということわざを聞いたことはありますよね?あの目立っていたら揉み消されるみたいな感じの意味ですね。言葉遣いは悪くなってはいますが。どういうことかと言いますとなにかと目立っている人間は悪とみなすみたいな感じですね。別に世の中、良いことをしているならば目立っていてもいいじゃないですか?調子乗りすぎは良くないですが。それなのにその人の成果などを称賛せずにその人のメンツを潰したりその人をひがんだりすることです。みんなと同じじゃないのはなんでだよみたいな感覚ですね。

人の性格にも悪影響を与える

日本の協調性文化は世間的にも悪影響はありますが実は人の性格にも悪影響は与えています。一体どんな悪影響なのか?

1.自分の意志を持たなくなる

みんなと同じでないといけないと強いられると自分の意志がなくなります。だって大げさに言うならイエスマンでいればなんとかなるみたいな感じですから自分の意見を言う必要あります?ないですよね?むしろ、偉い人の意見やあらかじめあったルールに従えばいいみたいな感覚になってしまって自分の意志などを持たなくても生きていけます。それ故に自分の意志を持たなくなります。ただこれは問題です。自分のやりたいことや意志がないということは自立してない証拠です。誰かしらがいないと生きていけない人生になります。または熱意がなくて味気ない人生にもなります。

2.ストレスを溜めて生きる

同調圧力や出る杭は打たれるみたいな人生って何かしら自分とは違う意見を持っていたとしてもなかなか言い出せないですよね。本当は言いたいのにと。しかもどこにも言う先がないし解決先もないとなるとそのような嫌な気持ちというものをどこにも吐けないまま抱えながら生きていくことになります。

これってストレスですよね?人間ストレスがなさすぎる人生もどうかとは思いますがこのようなストレスは溜まりすぎると生きていて辛いです。人間思ったことを言えない状況だと自分らしく生きれないとギャップを感じるものです。恋愛でいう付き合ってる人に思ったこと言えなくて好きなのに疲れるみたいな感じと同じです。

3.臨機応変な対応ができない

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何事にもイエスマンでいだ方がいい人生だとみんなと同じ意見が正義みたいな感じで例外は求めないみたいな感覚にもなりえます。となると例外のような事例が起きたときに受け入れるに受け入れなくなります。今までのルールが正義みたいな感覚になっているからこそ。世の中イレギュラーなことは起こります。むしろ、何が起こるか分からないのが世の中というものです。それなのに1つの考えが正しいなんて考えでいるといざという時にどのように対応していいかなんてわかりません。そういうことも含めて色々な意見を受け入れることが大切ですね。

まとめ

私自身、協調性のない奴って言われています。この記事見てりゃそりゃそうだって思う方もいるかと思われますが。特に過去の記事を読んでいる方からしたら私の性格などそれとなく察せるからこそそのように思うことでしょう。私の場合はあまりに協調性がなさすぎるんですけどね。

だからってこの記事書いてて思ったことでしては日本の協調性は異常ということですね。典型的な具体例はコロナの自粛営業とかですかね?あの同調圧力に関してはやりすぎではと思いました。営業している側は利益というジレンマがあるのにもかかわらず。なんか私からしたら度が過ぎているからこそ意志のない人が日本には多いなと思います。

ですので、度が過ぎた協調性というものはなくすべきとは思っています。なかなか難しい話ですがその文化が消えない限り生きにくい人は減らないです。今できる対策としては相手のことは一旦置いといて各々の行動を考え直すことかと思われます。個人の意識が変われば変化はあると思いますよ?以上です!最後まで読んでいただきありがとうございました。

りかちゅう